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 仕事が欲しい。
 そう、悔しげに言ったジャックを見て、京介は首をかしげた。仕事もなにもネオドミノシティにはありとあらゆる仕事が転がっている。ダイダロスブリッジが繋がる前は非合法の仕事も多かったが、今ではそんな事もない。商店の店員から大道芸人まで選り取り見取りだ。
「お前を頼るのは癪だが、俺に合う仕事が無い」
「合う?」>
 ジャックの見た目ならば大概の商店ですぐに雇われるだろう。チームワークに多少難があるが、本心では相手を思いやる男だ。手先は不器用でせっかちだが、真面目に物事に取り組む姿勢は評価されるはずである。
 いらいらとつま先で地面を叩いているジャックは本当に切羽詰まっているようだ。とはいえ、京介にも仕事が豊富なわけではない。地元の不動産会社に頼まれてここの管理人めいたことをしているがそれだけだ。他にアルバイトなどもしているわけではない。
「ジャックなら……どんな仕事も似合うと思うんだが」
「…………できん」
「なぜ?」
「なぜ、もなにも…………っと、そう、か……」
 黙り込んだジャックに更に首をかしげる。
 座っている京介を見下ろしている美丈夫の、高貴な瞳がわずかに傷付いていた。プライドの高い彼がここまで他人に表情をあからさまにするのも珍しい。小さな棘が胸を痛ませたのを無視して、京介はジャックの腕を取った。ポーチに一緒に座らせる。
 特に抵抗もせずに隣りに座ったジャックは長い足を投げ出して片膝を立てた。その尊大な格好が様になっていて、ふとサテライトで彼が気に入っていた劇場のことを思い出す。あそこももう、取り壊されてしまったのだろうか。
「ああ、聞きたいな、と思っていたんだ」
「何をだ」
「大まかな話はルドガーから聞いていたが……俺はお前たちがあの後何をしていたか、全然知らないから」
 あの頃のことは覚えているようで、覚えていない。思い出したくない部分もあるが、黒い靄がかかっているようだ。罪と、憎悪とそれに伴う狂気と、罪悪感は思い出せばきっとまた、自分は壊れる。防ぐための心の安全装置なのかもしれないが、それら全てもまた、京介には必要な思い出である。
「お前もデュエルキングになっていたんだってな。見たかった」
「…………今のキングは、遊星だ」
「あいつは相変わらずだよ、本当に」
「ああ」
 弟分だと思っていたら、いつの間にか遊星はは大きくなっていた。最初出会った時は天然気味なのかと思っていたが、それがどうして今では立派なデュエルキングだ。すでに立ち止まり、道を違えた自分には遠い背中だ。共に歩み続けているはずのジャックも、寂しげな笑いで同意する。
 珍しく静かに笑うジャックも含め彼らはきっと、未来に向かってどこまで飛んでいく。その翼を少しでも強いものにできたのなら、京介もまた自分の道に専念できるというものだ。自分には自分の物語があるのだから、人の舞台を羨んではいられないだろう。
「また、四人で食事でもしたいな。たまには俺のところにも」
「鬼柳、そんな話を俺は」
「ああそうだ。仕事か」
 手を打つとジャックが芝居がかった仕草で溜息を吐いた。
「あまり、目立つ仕事はできん」
「……目立つの、好きだろ」
「そういう意味ではない!」
 キングとして観客のためのデュエルをしていた、というのは伝え聞いている。そこでようやく思い至った。
「ファンとかいるのか、そうか」
「なぜそこで嬉しそうなのだ!」
 肩を怒らせて怒鳴るジャックはあの頃より感情表現が綺麗にできている気がした。これも遊星のおかげなのだろうか。また胸に一つ棘が刺さる。それでも笑顔を崩さないのはもはや、意地だ。京介にとって二人とも大切な大切な弟分なのだから。
 あのような事をしてしまった以上、許されるか許されないかは問題ではない。それでも二人が、いやクロウも含めた三人が可愛いのは京介が得た最良のものの一つだからだ。手放すことは一生できない。
「弟分が有名で嬉しくないわけないだろ」
 無理やり肩を組もうとしたが、避けられて転びかける。反対の手で身体を支えると眼前にクナアーンの紫があった。最高級の紫はどこか燃えているようで、しかし貝の声を聴いて濡れているようにも見える。整いすぎた面立ちの青年は神が引いた眉を歪めて――嗤っていた。
「俺は、貴様の、そういうところが嫌いだ」
「なんだジャック、いきなり……」
「知らん!俺が嫌いなら嫌いと言えばいいだろう」
 昔からそうだ、と絞る声は聞いたことがない。だがその顔に浮かんでいる感情は京介もよく知っている――否、先程から何度も何度も胸を刺す感情だ。
「遊星と、クロウといる時は普通に笑うが俺といる時は」
「威圧感あるしなあお前」
「人の話を聞け、貴様!」
 胸ぐらを掴まれてしかし、京介は笑ってしまう。怒っているジャックには悪いが、やはり、どうしても、可愛いのだ。
 ジャックの隣を悠々と歩き、その肩を支えて行く二人。嫉妬するのも揺れるのも、京介のいまだ割り切れない独占欲がなす不徳だ。それでも三人が歩いて、いや走っていく道が見たいのは自分の勝手な想いである。可愛いと同時に、少しだけその手を求めていた。何にも染まらない不死鳥の生まれる灰の色を。
「ジャック、いいか?」
「なにを……んっ!?」
 色が薄い割に厚い唇だ。一瞬で顔を引き剥がされ、距離を取られる。獣のような荒い仕草だがその表情に、瞳に嫌悪はなかった。
「き、りゅう!」
「好きな子にはちょっとくらい意地悪したくなるのが男ってもんだろ?」
「……全力で否定する」
「優しくされたいタイプか」
「ノーコメントだ!」
 そのまま背を向けると、どすどすと音がしそうなくらいの勢いで走り去っていった、が。かなり姿が小さくなったところで立ち止まった。
「……も…………きだ!」
 言葉は全て聞こえなかったが、背中が全部物語っているといえよう。思わず口元に手を当てて笑ってしまう。 「仕事、探しといてやるからな」
 今度ポッポタイムに持っていけば問題はないだろう。その時にもう一度、あの言葉を聞かせてもらおうと思った。
 柱に頭をもたせかけて紹介できそうな場所を考える。伝えに行く時、まずクロウが歓迎してくれるだろう。奥でD・ホイールをいじる遊星が立ち上がってこちらを振り向くだろう。そして、階段から降りてくる金色の、青年が嫌味を自分に向けて言い募るに違いない。愛子たちの今を、それぞれの形で手を差し伸べてくれる三人を想って、京介は再び、笑った。


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2011/07/13 : 初出,2012/01/03 : 加筆修正