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 一人暮らしをしたことはある。が、それはサテライトでの話だ。一人で暮らすというよりは、ねぐらで夜を明かすという言葉のが近かっただろう。シティに来てからは常に監視されて暮らしていた。決して苦ではなかったが、時折プライベートな空間を持ちたいとは思っていた。
「はは、なるほど。それで俺の家に」
「……すまん」
「いや、構わない。ジャックには少し狭いかも知れないけどな」
 笑いながら言った風馬の家は、今時珍しい純和風の平屋だ。玄関の庇に吊るされた季節外れの風鈴が秋風に相応しい涼やかな音を立てて揺れていた。門の横に書かれた筆書きの表札は達筆なのか悪筆なのかいまいち分からない文字で風馬と書かれている。
 手土産に持たされたクロウおすすめ煎餅の袋を握り直した。
 綺麗に整えられた玄関先に、ジャックが棲家としていた廃劇場のような廃れた趣は当たり前だが全くない。サテライトとは違う雰囲気で形造られた文字通り風馬の城である。偽物の玉座など霞むようだ。
「珍しいな」
「ん?ああ、そうかもな。大家が好事家なんだよ」
 軽い音と共に開いた引き戸に招き入れられて足が一瞬だけ竦んだ。
 ジャックは知らない。こんな家は、知らない。マーサハウスはジャックが知る一番最初の家だが、こんな穏やかな家ではなかった。シティで暮らしていた場所は静かだったが暖かくはなかった。ポッポタイムは賑やかでジャックの家だが、落ち着かないことがある。
「どうしたジャック」
 不思議そうな顔で振り返った風馬は手を家の中へ向けて首を傾けた。
「入れよ」
 その一言が呪文のように足の強張りを解いてしまう。風馬の城に、入ることを赦されたと強く心に刻む。自分は存外縄張り意識が強いのかも知れない。くすりと笑った風馬を睨むと、顎を上げて足を踏み入れた。
 中は普通だが、物が圧倒的に少ない。風通しも光の差し込みも良く、澱んだところは一切なかった。
「ああ……土産だ」
「気を使わなくてもいいんだけどな……おっ、ここの煎餅うまいんだよな」
 通された居間で手土産を渡すと、お茶を淹れるから待っていてくれと言われて座る。のは、いいのだが落ち着かない。最初は正座をしてみたが、すぐに窮屈になって足を崩した。結局、初めて来て胡座をかくという状態になっている。そもそもあまり畳に座るという経験がなかった。
 のれんの奥で風馬が何かをしているのが見える。ふと視線を横にずらすと、サッシ越しに小さな庭が見えた。
「ほう」
 半分は庭で、半分はガレージになっている。風馬の私物であろう自動車が一台とD・ホイールが一台、綺麗に手入れされ収まっていた。思わず口元が緩んでしまう。彼もデュエルを、ひいてはライディング・デュエルを愛する者の一人なのだ。風馬ともライディング・デュエルをしてみたい。だが、今日はホイール・オブ・フォーチュンの整備の見直しをするらしく、メカニック二人が返してくれなかった。おかげで乗り慣れない交通機関を使う羽目になったが、風馬の住む界隈は自然も多く目に楽しかったので良しとする。
「あれがお前のD・ホイールか」
「ホイール・オブ・フォーチュンには敵わないけどな」
「何を言う」
 ちゃぶ台に茶碗を並べる風馬は眩しそうにジャックを見ていた。その瞳をしっかりと見据える。
「あれも、お前の魂の一つだろう。確かにオレのホイール・オブ・フォーチュンは世界にただ一つ、オレだけのマシンだがD・ホイールに貴賎はないぞ」
「…………そうだな」
 来てよかった、と思った。夜勤明けだという風馬に無理を言って押し掛けたのだが、ほんとうに嬉しそうに笑う友人の姿に胸がじんわりと暖かくなる。また、来てもいいだろうか。お互いに胡座をかいてちゃぶ台を挟み、他愛のない話に興じながらジャックは思う。遊星とも、クロウとも違う友情が少しくすぐったく、そして不思議に心地よかった。まるで風馬のこの、家のように。


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2011/10/11 : 初出,2012/01/04 : 加筆修正