' . "\n"; ?> Stand by me 2 | :::LitSwD:::

 玄関のベルが鳴った。晩酌の手を止め、時計を見上げる。時刻は夜の十一時半、立派な夜中だ。明日は非番で自宅待機である。この時間にアポもなしに訪ねてくる友人の顔を幾つか思い浮かべ、風馬は立ち上がった。
 好事家の大家が趣味で作ったこの家はなんとインターフォンすらない。今の時代に不便なことだが、その不便さが逆に心地よい時もある。たとえ知らない相手でも、非常識な相手でも人と触れ合うことが前提の家なのだ。どうやって追い返すかを考えつつサンダルを突っ掛ける。引き戸を開けた先、門の横に立っていたのは同僚の牛尾だった。
「牛尾、お前今何時だと」
「あー悪い、ちょっと他に行く所思い付かなくてよ」
 笑いながら片手で拝む牛尾はともかくとして、その肩に乗っている金色の髪は一体誰だろうか。もちろん、誰かなど分かっているのだがその様子に思考が停止してしまう。
「飲ませた、のか?」
「二十歳は超えてるつってたぜ」
「飲ませたんだな」
「飲んだことがないっていうもんでな」
 完全に酔いつぶれてしまっているようだ。大方、牛尾のペースで飲まされたのだろう。慣れている風馬も時折潰されかけるのだから、初めてのジャックなどものの数分と言ったところだろうか。ため息をつくと、せめて布団に入れるまでは手伝えとザルの友人に道を開けた。
 外に止められているのは牛尾の車だけで、彼のDホイールはと聞けばまたモノレールで来たらしい。最初から酒を飲むことが目的だったようだ。ジャックの家まで連れて行くのはこの状態では憚られたのだろう、明日も仕事がある牛尾の家では彼の面倒は見れない。話されれば当然の結果ではあるのだが、そこに風馬の意思はなかった。
「俺も誘ってくれれば良かったのに」
「勤務中だったろお前」
「にしても、初心者に何してんだ」
「コレくらいなんてこたねーだろ」
 からからと笑う牛尾も相当飲んでいるようだ。よっぽど楽しかったのかと思うとなんとなく面白くない気分になるが、友人二人が飲んでいるのに呼ばれないせいだ。客用布団を取り出して敷くと、コートとシャツを脱がされた青年がそっと寝かされた。
 眉を寄せて何事かを唸っているが聞き取れない。
「……まだまだガキみてえな顔しやがって」
「飲ませた人間の言うセリフか、それ」
「違いない」
 一瞬真顔になったが、すぐに表情を和らげた牛尾は上機嫌に帰っていく。それを見送ると、風馬は布団の横に座った。
 黒いタンクトップ姿で布団にくるまる彼は確かに子供のようだ。堂々とした体躯に相応しい容姿を持つジャックが布団で寝る姿は似合わない気もしたが、実際に見ればどことなく合っている。幼く見えるのはあの鋭い紫の瞳が見えないからか。
 風馬の家にいるのが不思議な人物である。有名人であるし、彼と自分が知己を得ていることが未だに信じられない。この間遊びに来た時もそうだが、現実感が全くないのだ。
 自身の言葉と行動に責任を持つ不器用な青年を風馬は好ましく思っていた。その高貴さは生来のものなのだろう、前を強く志向し進む姿はテレビで見ていただけの頃から変わることはない。友人となってからそこに優しさを素直に表せられないながらも伝えようとする不器用さが加わったが、年上から見れば可愛らしさすら感じられる。
 得難い友人なのだ。奔放さも華やかさも、他の誰とも比較にならない。
「お休み、ジャック」
 客間の電気を消すと、静かに襖を閉めた。
 明日の朝、彼をなんと言って起こそうか。きっと驚くだろうジャックの顔を想像して、風馬は喉の奥で笑った。


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2011/12/06 : 初出