' . "\n"; ?> A mille-feuille to Perfecti | :::LitSwD:::

 よく晴れた昼下がり、ハートランドシティは今日も平和である。平日にも関わらず、メインストリートは人で溢れていた。
「暇な奴らが多すぎるな」
 大会の運営委員からただの参加者となったゴーシュも人混みの一員だ。表向きには公正を守るために一時的に休暇扱いとなっている。要するに暇な奴らの仲間である。とはいえ、ナンバーズハンターとしての仕事は放棄していない。この人混みの中にナンバーズ所持者がいる可能性もある。
 しかし、普段は仕事で昼の街をゆっくり歩くことは少ない。ナンバーズでのデュエルなど無粋なことはしてくれるなと言うのが本音であった。この街はデュエルを愛するゴーシュには居心地の良い理想の街でもあるのだ。カフェの机上で、道端に座り込んだ子供たちの間で、ネットの海でデュエルは行われている。先日、あまり良いと言えない状況で出会った少年もこの街でデュエルを愛する心を育んだのだろうか。
 九十九遊馬。最初はただの馬鹿だと思ったが、中々どうしてその心は真のデュエリストに相応しい物を持っている。あのような熱いデュエルをしたのは久しぶりだった。再戦を望んで自ら一参加者となったのも、彼と戦いたいがためである。無事に相手は決勝にまで進んだようだ。
「うわっぶ!」
「あァ?」
 どうやら走ってきたらしい少年がぶつかった。見覚えのある紅い前髪に、聞き覚えのある声だ。そう、まさに今考えていた九十九遊馬少年である。
「ってー……ごめんなさ…………って、ゴーシュ?」
 見上げてきた紅い瞳は涙を湛えている。意味もなくそれに胸が焦がれ、首をかしげた。しかし深く考える前に、遊馬が慌てた様子でゴーシュの後ろへと駆け込んでくる。
「おい、なんだ」
「え、あ、あのさ」
 言い淀む遊馬に更に質問を重ねようとしたが、ふと通りの向こうを見る。数名の中学生が何かを探していた。手に手にメモ帳を持って、まるで獲物を探すハイエナのような目をしている。こちらへと歩きながら周囲を油断なく見張っていた。
「どこいったのかな、九十九君」
「さっきこっちの方に走ってきたよな」
「ねえ、本当に決勝進出したのかな?嘘じゃないよね」
 彼らの言葉だけで十分だ。何があったのか、大体は予想がつく。
 一度大きく肩を竦めると、細い腕を掴んで、横にあった喫茶店に引きずり込む。扉を背にし、遊馬がドアから見えないように匿った。
「二名様でよろしいでしょうか?」
「ああ。タバコは吸わねえ、なるべく奥の席を頼む」
「かしこまりました」
 後ろではまだ声が聞こえるが、どうやら見つかってはいないようだ。まるで犯罪者を探すような言葉に眉を顰める。遊馬は聞いているのか聞いていないのか、店内を見回していた。
 案内された席は窓からも遠い、一番奥まった席だ。ふかふかのソファに勢い良く座った遊馬を見て、ウェイトレスがほんのりと笑う。ゆっくりとゴーシュが座ると、メニューを置いて下がっていった。
「助かったー……」
「おい、なんで追われてるんだよ」
 お冷をウェイトレスから受け取ると、遊馬はテーブルにぐったりと倒れこむ。
「ああ、あいつら新聞部でさあ。WDCの決勝に出たから追われてんの」
「そんだけか」
「いや、おれが出場できたのがおかしいって、なんかあるんじゃないかってさあ」
 お冷を渡すと、礼を言って一気に飲み干した。
「ありがとな!」
「ああ。……ってかそんなノリの悪いことで追われてたのかよ」
 彼の学校の新聞部はあまり遊馬のことを好意的に捉えていないらしい。そんな事はありえないと一度でもデュエルすればわかるというのに。
「成績とか良くないしなー」
「そんなの関係ねえだろ。所で何食うんだ」
「へ?」
 メニューを開いてみるが、ゴーシュの好みの料理はなさそうである。遊馬は軽食で構わないだろうが、がっつりと食べられそうなのはハンバーグくらいだ。それにサンドウィッチとトーストくらいつけても大丈夫か考える。食べられないことはないだろうが、最近食べ過ぎているような気もするのだ。ドロワと食事に行った際に引かれた事を思い出す。
「え、ゴーシュ」
「んだよ?ああ、お前が食えばいいか」
「何を!?じゃなくてさ、おれお金」
「あ?そんなノリの悪いこと言うんじゃねえよ、俺が出すに決まってんだろ」
 そもそも、連れ込んだのはゴーシュの方だ。そのことを説明すれば、遊馬は納得しない表情で頷いた。
「じゃあ今度、何かで返す」
「何かってなんだよ」
「わかんねえけど!ゴーシュは何がいい?」
 純粋な瞳に見つめられ、思わず口ごもった。何がいい、と問われても望むことはない。決勝で会うという約束もこの少年は見事に果たしたのだ。逆に言うなら、ゴーシュこそが彼に返すべきなのかもしれない。
 何でもいい、と答えても納得しないだろう。
「あとで考えておく」
「おう!じゃあなーおれ」
 うきうきとメニューのページをめくる。案の定、軽食のコーナーを素通りしデザートのページを見ていた。
「あ、これがいい」
「どれだ」
「このパフェ番長っての。スゴイ色々乗ってるよな」
 指さした先にあったのは一番大きなパフェである。ありとあらゆる考えられるもの全てを乗せました、とでも言いたげな大きさだ。
「食えるのか、ちっこいのに」
「なんだとー!楽勝だぜ!」
 ベルを鳴らし、ウェイトレスに注文する。
「えーっと?ハンバーグプレートと、クラブサンドと、このトースト。あと」
「パフェ番長!」
「それ。コーヒーと……飲み物はなんだ」
「え、じゃあサイダー」
「かしこまりました。コーヒーは食前でよろしいですか?」
「ああ」
 にっこりと遊馬に向かい笑ったウェイトレスにひらひらと手を振る。彼女らの短めのスカートと胸を強調したエプロンにも反応を示さず、ゴーシュが持っていたカード雑誌に反応を示す遊馬がいっそ清々しいほど子供である。
 ここまで女に興味がない様子だと、そこそこモテることにも気付いていないに違いない。
 どうしてそう考えたのか、自分の考えに首をかしげるがカード雑誌を奪われかけて引き戻された。
「あ、おい!」
「新しいカードとか出るのか!」
「いや、WDCの話題ばっかだぜ」
 表紙にいるのは勿論、Mr.ハートランドだ。先日まで予選が行われ、ついに決勝にまで進出したのは予選の参加者からすれば僅かな人数だ。それでもそこそこ多い。遊馬とデュエルするためには彼にもそれなりに勝ち進んでもらわなければならないだろう。
「へー。あ、なんか普通のデュエルじゃない?」
「色々考えてるらしいとは聞いてるがな」
 漏れ聞こえる話や、もともと持っていた情報ではかなり面白いことになるはずだ。お子様もとい、遊馬も気に入るだろう。雑誌を開いて雑談をしていたところ、すぐに注文していた料理が来た。遊馬のパフェは食後だと思われたようだ。
「まあ、ゴーシュが食い終わるまで待つし。あれ作るのに時間掛かりそうだしなあ」
 一面に広げられた料理はそこそこ美味しそうだ。ハンバーグを豪快に切り分けて口に運ぶ。じゅわりと溢れる肉汁と混ざるグレービーソースが旨い。ふんわりと柔らかく、すぐに平らげてしまえそうだ。
「もう一皿行けそうだな」
「それちっさいもんな」
「思ったよりなあ」
 クラブサンドも小さめである。喫茶店では仕方のない事だが、後でどこかで食べ直した方がよさそうだ。雑誌とゴーシュを半々に見ながら話す遊馬は退屈ではなさそうである。自分の本来の立場は、この少年とは対立するものだ。幾つか探っておきたいこともある。しかしそれは、今するべき事なのだろうか。偶然に出会った、今、ここで。
 ハンバーグを飲み込んで迷いを断つ。ゴーシュは、ハートランド陣営なのである。
「ところで、今日はアイツはいねえのか?」
「え?」
「ナンバーズのオリジナルだ」
「ああ、今はいないぜ。なんか考え事があるらしくてさ」
「へえ。家があんのか」
 カイト達と連携してはいるが、正直なところ彼に取り憑いているナンバーズのオリジナルにはあまり詳しくない。遊馬も心得たもので、その話題にはあまり食いつかなかった。ここで突っ込んだ話をして空気を悪くしたいわけではない。すぐに話題を変える。
「これ、少し食うか」
「え?でも」
「一人じゃちーっと食いきれねえからな」
 クラブサンドの皿を押しやる。きょとん、とした遊馬はしかし、恐る恐る手を伸ばした。
「ま、決勝進出の祝いだ、お互いに遠慮なしでやろうぜ」
「…………おう!」
 オレンジジュースとコーヒーで乾杯をした。好戦的な笑顔には、勝ち進んできた余裕も見える。
「絶対勝つからな!」
「そっくり返してやるぜ」
 いい顔つきだと思う。以前の遊馬のデュエルをゴーシュは知らないが、この心根がそうそう変わるとは思えない。昔から魂のあるデュエルをしていたのだろう。やはり遊馬とは、こういう関係が良い。ゴーシュという人間の根幹でもある、デュエリストの魂を刺激し高めてくれるこの、感覚。心の底から楽しいと、ただひたすらに晴れやかな気持ちにすらなれる感覚。
 丁度いいタイミングで運ばれてきたパフェにスプーンを突っ込む遊馬を眺めながらゴーシュは思う。お互いに目指しているものが似ているのだ。だからこそ、こんなにも楽しい気分になれる。子供だが一番大切な心がゴーシュと響き合い、重なり合う。
「随分楽しそうに食べるなぁ」
「え、そりゃな」
 問いかけに彼は応え、刺さっていたメロンを引き抜いて口にくわえた。そのまま何かを考えながら食べている。あえて口出しをせずにゴーシュは待った。一切れ食べ終わると、元気よく一つ頷く。
「こういうところ、初めてだし」
 ゴーシュを見上げた瞳に曇りはない。
「こういうの、食べたことなくてさ」
 笑う遊馬の顔は、輝いている。現況を卑屈に捉えず、前向きに歩いて……いや、走り抜けていく強さは好ましい。彼とするデュエルを思い出して頬が緩む。あの高揚を味わえるのは遊馬相手の時だけだ。
 面白いデュエリストと知己を得ることが出来た。それだけではない、きっとこの先遊馬はゴーシュの人生に深く関わっていくことになるだろう。
「ゴーシュと食べるの、楽しいしな」
 それが人生を変わらせていったとしても、ゴーシュはおそらく、何も、後悔しない。全ては笑いながら走り抜ける道の一つのルート、一つの導き、一つの、たった一つの感情の輝きなのだから。



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2012/05/03 : 初出