' . "\n"; ?> サヨナラを教えて | :::LitSwD:::

※遊馬vsトロン戦直後に書いたもの。まさか普通に戻ってこれるとは思わずですね、ハイ。


 また、来てしまった。ぼんやりと辺りを見回してみる。この世界で失っていった自分を思い返すと死にたい気持ちになれそうだ。とは言っても、今度はもしかしたら何も失くさないのかもしれないのだが。
 本来ならば復讐しかなかったはずの胸に、今ひとつ小さな暖かいものが宿っている。これが復讐を対価に得られたのなら、それでもよかったと思えた。
 彼とデュエルする前は、そんなものは存在すら認識していなかった。しかし彼と出会って、そしてデュエルをしてしまえば分からざるを得なかった、復讐という虚しさを、徒労を、そして罪を。最後に残した三つの魂を思い出す。本当は愛しかったはずの何にも代え難い三つをトロンは手放し弄んだ。擦り切れてしまった感情に染み込んでいた、失われていなかった三つの声は最後の最後でトロンに届いた。あるいは、届いてしまった。
 起きてしまったことは覆せない。償うことはできるだろうか、と問いかけて苦笑する。できるできないではなく、するのだ。諦めなければきっと天空の星にも手が届くだろう。
「君にもう一度会ったようだった」
「それはそれは。お久しぶりですね、バイロンさん」
 あの頃と一切変わっていない彼の姿だが、どこか希薄だ。
「アストラル界から?」
「ええ。なんとかチャンネルを繋ぎましたが、中々不安定だ」
 話せるのはほんの僅かだろう、と続けた言葉に頷く。そんなことはよく知っている。目の前で自分を見下ろす九十九一馬は歯を見せて笑った。
「どうでした、息子は」
「よく似ていたよ。本当に、とても良く似ていた。そしてとても……そう、とても真っ直ぐに元気だった」
「そうですか。良かった」
 もう一つ、後悔が胸を打つ。一馬も遊馬も、お互いに会うことはないが信じあっている。自分は息子たちと常に顔を合わせていたというのに、何をしていたのだろう。
「頑張って戻らないと」
「そう、その意気だ!」
 ぽつり、ぽつりと胸の中が暖かくなる。あの頃にもこんな気持を抱いていた。決して伝えることはなかった好意だ、お互いに家庭を持つ身なのだから壊すようなことは言えない。
 しかし、と心をよぎる思い。今ならば、言ってしまっても構わないのではないだろうか。
「一馬、僕は」
「その言葉は受け取れません」
「最後まで言わせてすらくれないのかい」
「言ってしまえば辛くなるのは貴方だ。待っているのでしょう?」
 子供たちが、と最後まで彼は言わなかった。その代わりに大きな手が頭の上にかざされる。
「憐れみはよしてくれ」
「……諦めなければ、とは言えませんなさすがに」
「いいんだ。僕だって、困らせたいわけではない」
 その手に体温があればきっと泣けただろう。子供の姿で、子供の心のままで。しかしトロンはもう、トロンではない。ゆっくりと思い出しつつある心はバイロンのものだ。
 いい大人が、恋に破れて泣くのはよろしくない。せめて一杯の酒と孤独な部屋がなければいけない。 「一馬、ありがとう」
 最後の最後で自分を救った少年。彼に会わせてくれた優しい人は、残酷なほど暖かな顔でもう一度、笑った。



ブラウザを閉じてお戻りください。
2012/08/15 : 初出